さわこの観察日記

パンダおやじ

パンダの着ぐるみ

私は若いころ、地元の商店街で携帯電話の販売員をしていたことがあった。
お客さんに契約書などを書いてもらう時には、ショップの中に入って説明や手続きをしたりするのだが、お客さんがいないときは、ショップの外に立って道行く大勢の人たちに向かって呼び込みなどをしていた。

当時働いていた地元の商店街は、人通りが非常に多く、その人混みの中でちょっと変わった人を見かけることも多々あった。たまたま通ったちょっと変わった人、というのも多かったのだが、毎日のように商店街に通っていたため『いつもいる変わった人』のラインナップも、私の中にかなりの人数がファイリングされていた。

その中でも特に心に残っているのが『パンダおやじ』である。
大きい商店街の中で、複数の居酒屋やキャバクラ、たこ焼き屋さんなどを手広く経営する地元の会社があったのだが、どうやら『パンダおやじ』はこの会社の店舗を宣伝するために雇われているらしかった。

なぜこの着ぐるみの人を『パンダおやじ』と呼んでいたかというと、それはそのままパンダの着ぐるみを着たオヤジだったからである。

パンダの着ぐるみを着て、お店の旗をかかげて自転車で商店街を走りまわり、宣伝するのが彼の仕事だったようだ。

着ぐるみは一般的な遊園地などで見かける可愛らしいパンダなのだが、中に入っているのは【江頭2:50】から、生気を70%ほどオフにしたような、汚いオヤジであった。
この着ぐるみの中身が汚いオヤジだということは、商店街のみんなの間では周知の事実であり、みなそのまま『パンダおやじ』と呼んでいた。

なぜ商店街のみんなが着ぐるみの正体を知っていたのか・・・それは、『パンダおやじ』はよくパンダの頭を脱いだ状態で、体だけパンダで商店街を自転車で走っているところを目撃されていたからである。

体だけパンダの状態で、自転車で商店街を疾走しながら、「ヒィィィーーーー!!!!」などと突然ショッカーのような奇声を発する、無駄に個性の強いこのオヤジに度々ビクッとさせられては、「チッ!なんだよ。またパンダオヤジかよ!」などと、みな煙たがっていた。

ひどい時には、もはやパンダの体部分も装着せず、ただの汚いオヤジのままの姿でお店の旗をかかげて自転車で商店街を往復していることもあり、もはやパンダの要素ゼロのいでたちであるにも関わらず、「ヒィィィーーーー!!!!」と叫びながら走り去る後ろ姿に「パンダオヤジうるせーよ!」などと陰口を叩かれるという不思議な状況に陥っていたりもした。

だが『パンダおやじ』は、土日にはなぜか必ずパンダの頭部もきちんと装着し、全身正しいパンダの状態で、お店の宣伝の旗を担ぎながら自転車で商店街を走っていたのだった。人の多い土日には正装で挑んでいたのであろうか。

そのおかげで、パンダの中身が【江頭2:50】の70%オフだという事実を知らない一見さんのギャル達から「キャー!かわいい💛」などと囲まれ、よく一緒に写真を撮ったりしているのを見かけた。土日にたまたま商店街を訪れたギャル達は、パンダの中身など知る由もない。

そんな現場を目撃するたびに私は心の中で『おいおい!いいのか?』とギャル達に同情の目を向けていたものだ。

しかし、あれから20年、私の心境には180度の変化があった。

当時は、中身が汚いオヤジと知らずにパンダに群がっているギャル達に、かわいそう・・・(涙)!という同情しか浮かんで来なかった私だが、それって実はかわいそうでもなんでもなかったのだ。

ギャル達は、“かわいいパンダの着ぐるみ”に引き寄せられていたのであり、何も「そのパンダを脱いで腹を割って話しましょう」などということは望んでいなかった。

そしてパンダおやじの方も、着ぐるみの中でエロ目くらいにはなっていただろうが、突然パンダの頭部を外して襲ってくるなどという暴挙にでることもなく、かわいらしいポーズでギャルと写真におさまるだけだ。

みな正しい距離を保って触れ合っていて、だれも不幸になっていない。それどころかギャルもかわいい写真が撮れて満足しているし、もちろんパンダおやじも着ぐるみの中ではエロ目でご満悦だろう。

これってよくよく考えると、SNS上での人付き合いに似ていないだろうか?
いや、こんな言い方をすると語弊があるのでもう少しわかりやすく言うと・・・

友達との交友関係、特にSNSの中では、誰しもそれぞれ多少なりとも作り上げられた自分というものがあると思う。

どんなに完璧に見える人でも、実際は完全無欠ではないし、
人によっては『本当は自分はこういう部分もあるけど、それは表に出さないようにしている』という若干の本音と建前の使い分けもあると思う。

だから気持ちよく交流していくためには、相手が見せようとしていない部分に踏み込み過ぎないこともとても大事だと思う。

それはSNSで交流している相手に対し、無駄に壁を作る、距離をとるという意味では全くなくて、相手が自分に見せてくれているキャラクターを尊重するという意味だと私は思っている。

そういう交流を経て、本当に深いつながりが出来てきて、お互いに共鳴し合って、より親しい間柄になれたとするなら・・・それは素晴らしいことだと思う。

美輪明宏さんが“人付き合いは『腹六分目』でいい”という言い方をよくするが
美輪さんの有名な著書『正負の法則』を初めて読んだ20代のころの私は、正直「それってちょっと寂しくない?」と感じていた。

若いころは、相手のすべてを知り尽くし、いつもいつも一緒にいるのが親友、などと考えがちだったからだ。

でも今は美輪さんの言う“人付き合いは『腹六分目』”がすごく的確なバランスだということがわかってきた。

極論だが、SNSのアイコンでキレイなお姉さんだと思って交流していたら、実際は汚いパンダオヤジだったなんていうこともあるかもしれない。でもそれは無理やりに探らなければわからないこと。その交流で日々お互いが幸せであるなら何の問題もないのだ。

私が、ただの【江頭2:50】の70%オフだと信じ込んでいたあの汚いパンダオヤジも、もしかしたら今頃はSNSで大人気の『癒しのパンダちゃん』的な存在だったりする可能性だってあったりするかもしれない。

土日にたまたま商店街に遊びにきたギャル達から大人気だったあのパンダおやじを思い出し、近頃ふとそんなことを思う私である。

ABOUT ME
富岡紗和子
神奈川県湘南在住、占い師(帝王命術売占い鑑定師・四柱推命鑑定師)ラジオパーソナリティ・エッセイ作家・法人役員(役員暦24年)の富岡紗和子です。 現在、二人の娘を持つ母でありサーフィンとビールをこよなく愛するアラフィフ女子です♪ ⇒ ⇒ 詳しいプロフィールはこちら

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