エッセイ

【面白いエッセイ】湖畔の大魔王

スワンボート

今年の元旦、結婚と同時に遠方に引っ越ししてしまった友達から年賀状が届いていた。
ご主人とまだ小さい息子さんとの3ショットの写真付きの年賀状だ。

彼女とは、しばらく会っていないなぁ。

そう思いながらじっくりと写真を見ていたら、ある出来事を思い出したのであった。

私とこの友達はまわりの友人たちと比べて結婚が遅かったたため、独身時代は休日になると
よく二人で飲みに行ったり、ちょっとした観光に一緒にでかけたりしていた。

その日は、とてもお天気の良い春の日曜日であった。
自宅から2時間くらいの場所にある大きな公園に、有名なお花畑があり、そこに満開のお花を見物に行こう!という話になった。

道中のドライブも楽しみの一つである。私たちは、なんやかんやと話をしながら盛り上がっていた。

しかし途中から、やはりお花を見に行く車が渋滞しはじめ、ノロノロ運転になり、しまいには徒歩より遅いようなレベルの進み具合となってしまったのだ。

その有名な公園に向かうには山に続くこの一本道をどうしても通過する必要があり、ほかに抜け道が無い。この分では、その場所にたどり着くまでに何時間かかるかさえわからないぞ・・・。

車内で「どうする?行くのやめる?」等、話し合ったのだが、
今日はお花や綺麗な景色いっぱい見て自然に癒されよう!
仕事も嫌なことも忘れて、写真とかいっぱい撮ろう!
おー!
・・・と事前に盛り上がり過ぎていたため、どうしても別の行先に変更する決心がつかず、ずいぶん長い時間「どうする?やめる?」と言い合いながらノロノロ運転の列に並んでいた。

例えて言うならば、今日はラーメン食べるぞ!と盛り上がって出かけて行ったのに、目当てのラーメン屋さんが店休日でがっかり・・でも、もう口がラーメンになっちゃってるから、回転寿司とかは行く気にはならない!といった時と同じような雰囲気だ。

当時まだ20代だった私たちは、よく原宿やら渋谷やらとショッピングにも一緒に出かけていたが、その時はどうしても二人とも【自然の中で癒されたい】というモードだったのだ。

今から「自然に癒される」以外の方向転換はしたくない。
都心でのショッピンにグ変更するなど、どうしても今日の気持ちには合わなかった。

それにしても進まない大渋滞・・・。二人で考えあぐねていると、前方に小さな看板が見えてきた。

その看板には『〇〇湖』とあり、その方角を差す矢印が書かれていた。

その看板を見た瞬間、私と友達は「あ!こっちにする!?」と思い立ったのだ。

このまま延々と続く山道に並ぶよりも、看板に出ている湖の方が絶対近いはずだし、湖というのだから自然もたくさんあって、眺めの良い景色のひとつでも見られるかも知れない!

それなら「自然に癒される」という今日の目的にも合っているし、こっちにしてみようか!と意見が一致し、運転をしていた私は、看板の矢印に従って湖方面にハンドルを切った。

案の定、湖までの道のりは全く混雑もなくスムーズに目的地に到着した。

ワクワクしながら車を停め、早速二人で湖畔をうろついてみた。

当初行こうとしていた広大なお花畑に比べるとだいぶ華やかさには欠ける景観であったが、私たちは「おォーいいねぇ!」などと言い合いながら、それなりに変更先の湖を楽しんでいた。

その時、湖に足漕ぎのスワンボートがあるのを発見した友達が「乗っちゃう?!?」と提案してきたのだ。

「いいね!!」と私もすぐに賛同し、ボート乗り場に行ってみた。

ボート乗り場の受付には、瓶底(びんぞこ)メガネをかけた80代くらいのおじいさんが、杖につかまり、ちょこんと椅子に座っていた。

今から思えばなんとなく、野生の勘でこのおじいさんの醸し出す空気感が私の心に若干引っかかったのだが、そのまま「二人なんですけど、お願いします」と、私たちはおじいさんに代金を支払った。

スワンボートの制限時間は30分間とのことだった。

瓶底メガネのおじいさんは、杖につかまると、よっこらしょと立ち上がり、ホワイトボードに私たちのボートの終了時間を記入していた。

私たちはキャッキャとはしゃぎながらスワンボートに乗り込むと、せっせと足で漕いで湖の真ん中くらいまでやってきた。5分くらいの間ひとしきり盛り上がり、写真を撮ったりまわりの景色を眺めたりしていたのだが、徐々に冷静になってくるにつれて、重大なあることに気が付いた。

「なんか・・・・地味じゃね?」
友達がつぶやいた。「そう・・・だよね・・・」

そう、さっきから気づいてはいて、気付かないふりをしていたのだが、なにしろ地味な景観・・・。湖のまわりに花が咲いているわけでもなく、こじんまりとした緑色の山がまわりを囲む。その上、湖の水も藻だかコケだかわからないがとにかく深い緑色であった。

地味な緑と地味な緑のコラボ・・・地味な緑でしかない何もない空間に、30分間なにもしないで浮かんでいるということがこんなにしんどいものなのか・・・?私たちはその時初めて知った。

10分くらい我慢して緑の空間に身を置いていた私たちだが、なんとも耐え難い気持ちになってきてしまった。

「もう上がろっか・・」「そ、そうだね」どちらからともなくそう言いだし、まだ30分経過していないことは重々承知の上で、私たちは先ほどのボート乗り場へ引き返すためスワンボートの向きを変えると一心に漕ぎ始めた。

そして、もう少しでボート乗り場に着岸するというまさにその瞬間だった。

突然、結構な勢いで私たちのスワンボートは湖に向かって押し出されたのである。

驚いて振り返ると、先ほどの瓶底メガネのおじいさんが「まだ終わりの時間じゃないよ!それ!」などと言いながら私たちのスワンボートを自分の杖で湖に押し出してくるではないか。

「いや、し、知ってるんですけど、もう上がりたいんです・・!」力無く訴える私たちと、何度も力強くボートを押し出すおじいさんの杖・・・。

気を取り直し改めて着岸を試みるも、もう少しというところで再び杖を繰り出すおじいさん・・・耳が遠いため、もう上がりたいと訴える私たちの声は全く聞こえていないようだ。

おじいさんは私たちを、“異常にスワンボートのコントロールが下手クソですぐ岸に寄ってきちゃう厄介な二人組”だと認識したようである。

おじいさんは正義感からではあるが、私たちを意地でも岸に寄らせまいと杖を構えている。

私達の人生は今、完全にこの瓶底メガネのおじいさんに支配されている…

あの杖一本で、私たちの自由を操作するおじいさん・・
私たちにはもうこのおじいさんが魔王にしか見えなくなっていた。

残り時間は20分。

人生の中のたったの20分ではあるのだが、瓶底メガネのおじいさんによって再び何もない地味で緑色の世界に送り込まれ、不毛な時間を過ごさなければならないという事実に、妙に絶望的な気持ちに襲われる。

私たちはひたすら緑色の世界に耐え続けた。

仲良しの友達とのドライブ中の20分などいつもあっという間に経過してしまうものなのに、なぜこのスワンボートに乗っている20分はこんなにも長く苦痛に感じるのだろうか。

だが少しづつ時間は経過していく。

まだ30分の制限時間いっぱいまではいかないが、残り時間5分というところまで耐えたとき
友達が「もう大丈夫じゃない?もう一回上がってみようよ!」と言った。

「そうだね、もう大丈夫かも」と私もうなずき、私たちは再びスピードを上げてスワンボートをこぎ出した。

私たちは息を切らし、ゼイゼイ言いながら漕ぎ続け、大急ぎでスワンボートを岸に付けた。
先ほどよりは制限時間に近づいていたためさすがの大魔王もそれ以上私たちの着岸を阻むことはなかった。

良かった!!これでやっとボートから下りられる!!

下りる時は何気に体を低くしないと天井に頭がぶつかってしまうスワンボート。
不安定な体制になった友達は、体制を低くしてかがんだまま、慌ててボート乗り場に立っていたバーを掴んだ。

その瞬間だった。

「やめて!やめて!」というお年寄りの声が響いてきた。

驚いてよく見ると、友達がとっさに掴んだバーは、なんとボート乗り場に立っていた瓶底メガネのおじいさんのついていた杖だったのである。

おじいさんは杖につかまって岸に立ち私たちを見守っていたところを、突然杖を掴まれ、「やめて!やめて!」と揺られている。ハッとした友達は慌てて杖から手を離した。

そして、おじいさんは危機一髪のところで湖への落下を回避し、事なきを得たのであった。

良かった・・・。

80代のお年寄りをこんな緑色の湖に引きずり落としたりなどしたら、ヘタしたら命を奪うことにだってなりかねない。

いくら耐え難い30分を強要されたからといって、私たちは魔王に・・いやおじいさんに報復するつもりなど毛頭も無いのだ。

おじいさんを危険にさらさずに済み心からホッとすると同時に、さっきまでその杖を振りかざし私たちを支配していた瓶底メガネのおじいさんが、最終的にその杖を友達に掴まれ湖に引きずり落とされそうになっている姿が脳裏から離れず、何度も笑いをかみ殺しうつむく私がいた。

このバタバタ、なんなんだ・・・(笑)

こんなに杖で色々やる人は後にも先にもこの瓶底メガネのおじいさんとハリーポッターくらいしか見たことがない。

そして、人間の武器は、油断すると逆に自分を窮地に追い込む凶器になり得ることもあるのだな・・・という妙に深いことを学んだのであった。

今もあの湖ではスワンボートに乗れるのかな・・・
もう一生行かないけど・・・

今年の友達からの年賀状で久しぶりに思い出した、
あの日、それほどでもない地味な湖で繰り広げられた“おじいさんの杖コント”の思い出であった。

ABOUT ME
富岡紗和子
神奈川県湘南在住、占い師(帝王命術売占い鑑定師・四柱推命鑑定師)ラジオパーソナリティ・エッセイ作家・法人役員(役員暦24年)の富岡紗和子です。 現在、二人の娘を持つ母でありサーフィンとビールをこよなく愛するアラフィフ女子です♪ ⇒ ⇒ 詳しいプロフィールはこちら